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過去の事務局通信(ブログ)の記事より抜粋

「のんちゃんを救う会」を設立した日から今日までの間に、いくつかの声が届きました。「協力するよ」「募金させていただきました」「できることは協力させてもらいたいです」というような声がほとんどでしたが、中には「のんちゃん本人についてのもっと詳しい情報を掲載すべきではないのか」というご意見の声もありました。
ご支援の声には、そのひとつひとつにお礼の言葉をお伝えし、ご意見の声には、救う会としてできる限り誠意をもって対応させていただいたつもりです。
せっかくいただいたご意見ですので、ここにも、「のんちゃんを救う会」が、必要最低限しか本人のプロフィールを掲載していない理由をきちんと記させていただいておきます。

インターネットなどの通信手段を利用したを劣悪な事件が絶えない近頃、たとえきちんとした団体であっても、それをインターネット上で見た時にまず抱いてしまうのは、悲しいかな不信感です。
「救う会」と名乗る以上は、その不信感を払拭するための最大限の努力をするのが、会としての努めだと思っています。そのことは事務局としてもよく周知しているのですが、ただ当会には他の患者を「救う会」「支援する会」にはない大きな壁があるのです。
それは、本人が、被虐待者であるということです。
テレビ・新聞などで犯罪事件としてではない形で、つまり報道以外で虐待について扱われる際、そのほとんどが、実名を明かさず、仮名が用いられていたり、被虐待者の顔にはモザイクがかけられていたりします。それは、虐待を受けたその者だけでなく、その家族や親族までもが生活しづらくなってしまうという理由などからです。
また、本人は言います。「救う会を立ち上げていただくのだから、私が何か言われるのは仕方ない。ある程度のことは覚悟をしている。でも、例えば、私が学生の時にお世話になった恩師や、かつての友人、かつて医療機関でお世話になった先生方が、元気にやっていたと思っていた私が、実は虐待に苦しんでいた、そして今なお、その後遺症に苦しみつづけているという事実を“救う会”の存在を通して知ったら、傷ついてしまうかもしれない。もしかすると、どうして相談してくれなかったのか、と自分を責めてしまう人もいるかもしれない。人を傷つけるくらいなら、救う会はない方がいい。大切な人を苦しめるくらいなら、私が苦しむ方がまだいい。“傷”を知る者だからこそ、人を傷つけることだけはしたくない」これが本人の考えでした。
また、本人には、同じように虐待や他者からの心身へのひどい暴力の後遺症に苦しむ仲間がいます。自分には虐待の後遺症の他に疾患もあり、二重に苦しいとはいえ自分だけ救う会を立ち上げてもらい、支援してもらってもいいのかといった葛藤もあり、本人のプライバシーを表に出すことをできるだけ控えようということになりました。
けれど、ホームページを見てくださったり、ポスターやパンフレットに気をとめてくださる方のことを思えば、ある程度、本人のプライバシーを明かすことが大切だということは、会として充分に理解はしているつもりです。そして何より、本人が、自分のプライバシーをほとんど明かせない現実に心苦しさを感じています。
このような現状を考えると、「のんちゃんを救う会」は、友人知人といった人脈だけを頼りに広めていくべきなのかもしれません。
しかしながら、もう何年も本人は、時には代表の力を借りながら「患者としての心の支え」を得るために苦悩しながらも懸命に動いてきましたが、個人で動いたところでなかなかうまくはいかず、とうとう調子を崩してしまうまでに至ってしまいました。
「本人のプライバシーをできるだけ守りながら救う会を立ち上げる」これが、残された最後の手段、私たちにできるギリギリの選択でした。
その代わりという訳ではありませんが、信用を得るため、ポスターやパンフレットには本人の写真を掲載し、できるだけ公共性の高い場所、例えば警察や図書館、市営の公園や市のボランティアセンター、駅などに置いていただけるよう働きかけています。そして、ご協力してくださる団体には、なるべく本人同伴でご挨拶に伺うように心がけています。
どうかご了承ください。
なお、ホームページやポスター、パンフレットなどに掲載しているものは、仮名はありませんし、すべて事実のままです。

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